2008年01月11日

キノコの化物 第三回 (全四回)

キノコの化物 第三回

「知恵競べっていっても何するんだ?」と、化物ぁ聞いだけど。
男は「んだね、自分がよ、キライいなものどが、おっかないもば言いあって、ほんで、知恵競べすっべ」
て言うけど。
「なんだ、ほだなごどが、簡単だな!」って、化物ははなでせせらわったけど。
男が、すかさず、「んだらいいが、俺がら聞ぐげど、お前の一番キライなものぁ、何だぁ。」
「俺の一番キライなぁものはよ、にすん(鰊)と茄子だ。あれ見っずど、体中ザワザワゆう。」
て、化物ぁ、言うたけど。
「んだら、そなだぁ、何きらいだやぁ。」と、化物は男さ聞ぐけど。
「俺ぁ、キライなものぁ、さとう餅だなぁ。何キライって、さとう餅くらい、キライなものぁなえ。」
て答えだけど。
「ほう、さとう餅キライだってがぁ。おがすぇもんだ。俺だごんだら、さとう餅ぁ、大好きだ。」
て言うたけど。
「んだら、明日の晩、俺、さとう餅持て来てける。」と、男は帰て来たけど。ほうして、次の晩、
「おうしぇ、待でぁ。おうしぇ、待でぁ。」と行ったれば、
「おうしぇ、えだ(居た)。ここだ。ここだ。」と、化物は言うけど。
ほうすっど、男ぁ、いぎなり、「ほれ、さとう餅だ。」って言って、鰊ど茄子、「ばらばら」ど、ぶって(投げて)やったけど。
化物ぁ、たまげて、「あー、あー、なんだこいづぁ。あー、えっだえ(痛い)、えっだえ。さとう餅なて、この野郎ずほ(嘘)こえだな。よーす、この野郎。殺してけらんなね。」て、いぎなりごしゃいでしまったけど。
                                         つづく



友人の菊地敏明さんから、挿絵の差し入れがありましたので、紹介させていただきます。
菊地さん有難うございました。
  


2008年01月11日

キノコの化物 第二回 (全四回)

「キノコの化物」 第二回 (全四回)

村人が三人寄れば、化物の噂でもちきり。噂が噂をよび国中のひょうばんになってしまって、その化物ば見学にくるというものずきで暇な人も、おおぜい集まってきたんだど。
「ほしたれば、ほごさ、なえだ、化物なて、あるもんでなぇ、俺、退治してける。」
ちょうどそこに、「化物」などもろともしない、男があらわれて、村中おおよろこびで、おおさわぎになったけど。
んでも、その男は、大男でもなく、力もたいしたもっていない、ふつうの男に見えだもんだがら、村の人は、心配になってきたり、あやしんだりで、それもうわさになって、どんどん広まってしまったけど。

それでも、その男は、そんなうわさはさっぱり気にもかけずに、ある夜、化物退治に出かけで行ったけど。
おとこが、ちょうど、峠辺りにさしかかったときだど。
「おうしぇ、待でぁ。おうしぇ、待でぁ。」つまり、「おーい、待て!おーい、待て!」と、怖い声で呼び止めていたそうです。
おとこは、その声聞いで、しめしめと思って、男も「おうしぇ、待でやぁ。おうしぇ、待でやぁ。」と、さけんでみだっけど。
ほうすっど、化物は何ば勘違いしたが、「お前は誰だ?」ってきいだけっど。
「俺も化物だ。お前ぁ、何の化物だ。」て聞くど、
「ほうゆうお前ぁ、何の化物だ。俺ぁ、代々こごにいる化物だ。こごら辺で一番えらい、峠一の化物は、俺のごんだ。」て言うけたど。
ほいずば聞いだ男は、、目ば輝かせでこう言ったけっど。
「んだら、お前ど俺は化物どうしってごどだべな。ほんでもまだ、どっちがえらい化物だがわがんねぇ。ほごで、化物ど化物、知恵競べすんべ。ほしたら、勝ったほうが一番えらい化物っちゅうごどになるんであんめが」というと、本物の化物も、「ほいずぁ、いい考えだ。ほうすっべ、ほうすっべ」というごどで、化物ど男の知恵競べばするごどになったけど。



去年の秋知り合いが採ってきた「モダシ」です。
味噌汁にして頂きました。旨かった!!!  


2008年01月10日

キノコの化物 第一回

キノコの化物 第一回(全四回)

おじいさんが話しているのは、山形の最上地方のある村の昔話です。
ほら話と言うおもしろくて、ちょっとおかしな話だそうです。
おじいさんは、囲炉裏の火をいじりながら、湯飲みの酒をくいっと飲み込んで、おもむろに話をはじめました。「んだじゅ、ここだら、ここだら、、、」
おじいさんは訛ったままでしたので、分からないところは通訳しながら進めます。
丁度、村はずれの左の道をずうっと行った峠のあたり。
「毎晩、化物出はったけど。」
その化物は、人来がくると、「おうしぇ、待でやぁ、おうしぇ、待でぁ。」つまり、「おーい、待て!おーい、待て!」と、怖い声で呼び止めていたそうです。
そんな噂がまたたくまに村中に広まり、村人は怖がって、だれも、その道を通らなくなって、でも、その道が通ることが出来ないと、隣村にいくのに大変遠回りをしなければならず、困り果てていました。
ほんで、ほれ、村のしたづ(人達)ぁ、困ってしまて、「誰が、あの化物退治してける人、えねべがやぁ」
てゆったけんども、誰も、えねけど。
それで、村人たちは、「誰か、化物退治ができるような、力と知恵と勇気をかねそなえた者はいないだろうかと、相談していました。



この写真は、肘折ニイさんのところで撮らせてもらった物です。
どうもありがとうございました。
ホントに大きな舞茸でした。
昔はもっとおおきなものもあったと言うお話でしたので、
本当に化物もいたのかもしれないなと思いました。
                                                  つづく