2007年11月14日

阿古耶姫 4 」 (村山)

ばんちゃん、つづきはどうなんの?
ほんでば昨日なのつづきだよ
その晩、阿古耶(あこや)姫が床さついだ。んでも左衛門太郎のことが心配で寝付がんね。ほだげど、ろくすっぽ食わねで、毎日眠らんねっけがら、もう体の方はへとへとにくたびっででいたっけど。んだがらだべが、ほういずあしゃあねげんとも、姫は床の中で、ついうとうとど眠ってしまたけど。ほうすっど不思議だね。姫は夢ばみだんど。でも、姫は夢どは思わねべしたん。
んだ、やつれ果てた姫の枕許さ、あの左衛門太郎が立って、笛吹いでいだっけど。姫は夢うつつで聞いだけど。左衛門太郎は、ふと笛を吹くのを止めると、姫の枕許にしゃがみこんで声かげだけど。
「姫、姫、私でござる、左衛門太郎でござります。」
「あっ!」 姫がハッとして気づいた。
「左衛門太郎様、お逢いしとうございました。」
「私も……」
二人はひしと抱き合った。まるで、時も止まったがど思われだけど。風も川の流れも、虫の声さえもぴたっと止まった。
やがて、左衛門太郎が姫を胸に抱いたまま、静かに語り出した。
「姫、私は姫に嘘をついておりました。私は名取の左衛門太郎ではないのです。私は、本当は隣の国、最上の千歳山の頂に生える「松の精」でございます。あの時、姫のお琴の音が、はるか峠を越えて千歳山の頂まで届き、その妙なる音色に誘われるまま、姫と出逢ってしまったのです。そして、私が姫についた嘘を、天が咎められました。松の精と言うこの世のものではない私が、姫を愛してしまった罪を問われたのかもしれません。そのためか、この度の嵐で流された、名取川の大橋の用材として、私は伐採されてしまったのです。」
「………」 姫様は松の精の胸の中でわなわな震えながら聞いていだけど。
「ただ、あのように切られたまま千歳山を離れ、名取橋の用材になれば、死んで姫のおそば近くまでやってこれますが、二度と左衛門太郎としては逢うことがかないません。されど、このまま千歳山にとどまっては、名取川に橋はかかりません。私は進退窮まりましてございます。それで思い余って、姫に最期のおめもじをと思い、まかり出たのでございます。」
左衛門太郎、いや、松の精の話を聞き終えた姫は、もう泣いてはいなかった。そして、姫は意外にも気丈に左衛門太郎の顔を見つめながら言ったけど。
「左衛門太郎、いや、松の精殿、私と二世の契りを交わした気持ちには偽りはありませんか?」
「はい、それは命に代えて偽りはございません。だから、こうして………。」
「そう、松の精殿のご誠実は、あの笛の音にようあらわれおりまする。私はあなたを心から信じています。」
「嬉しゅうござる。しかし、姫の行く末を考えると、私は胸がつぶれてしまいます。どうぞ、もはや、私のことはお忘れいただき、姫にはぜがひにも幸せになってほしいと思います。ただ、このことだけをお伝えできれば、私は思い残すことはありません。もう直ぐ夜明けです。おいとまを頂かなければなりません。それでは、お名残惜しくはありますが、さらばでござる。」 って、松の精が言うずど、姫の枕許から消だっけど。
姫が、朝になって目ば覚ますどすぐ、父親の豊充卿の前へすすみ、夕べの出来事をつまびらかに語り、その上で、父親にいとまを請うったけど。

……間……

姫はすぐに旅支度を整えると、最上の国へ旅立ったけど。峠の山道は、女の足ではさぞ難儀だと思われるのだが、気丈に姫は歩き続けたけど。翌日の夕方頃には千歳山のふもとに着いたけど。夕日に映える千歳山は、この世の美しさとは思えないほどであったけど。
次の朝、姫が千歳山の頂に上ると、ほさは、松の老大木が無惨に切り倒されていだっけど。
姫は切り倒された大木の前に、簡単な祭壇を作り、そこに座り、心を込めてお経を唱え初めだど。ほうすっど、あれま、松の老大木が、一瞬、身震いしたみでに見えだけっど。
してがら、皆の衆が力ば合わせで、松の木ひっぱたれば、びくとも動かねっけのが、嘘みでぃにすっすっど、動き始めだど。ほして、名取川さは立派な大橋が出来だっけど。
阿古耶(あこや)姫は、千歳山の頂さちっちゃい庵ば建てで、一生そこで松の精の菩提を弔い続けだっけど。
   どんぴん さんすけ おしまい

付録

笹谷峠の名の由来として、松の精と、阿古耶姫が、峠の上で愛を囁き、別れを告げたと言う伝説があるそうです。つまり、「囁き」峠から、いつしか、笹谷峠となったと。

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