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2007年11月18日

「阿古耶姫 4 」 (村山-標準語版)

「阿古耶(あこや)姫」 (村山-標準語版) 第四回(連載四・全四回)

 おばあちゃん、つづきはどうなるの? いよいよお話しは、最後のクライマックスよね。とても楽しみだわ!
 そうね。じゃぁ、昨日のつづきよ………

 その晩、阿古耶姫が床についたわ。でも左衛門太郎のことが心配で、なかなか寝付けない。だげど、ろくに食事も摂らないで、毎日、眠れない日が続いていたから、もう体の方はへとへとに疲れきっていたわ。だからかしら、それはわからないけれども、姫は床の中で、ついうとうとと眠ってしまたの。そうすると不思議ね。姫は夢をみたのよ。でも、それは姫には夢だとは思えないのね。
 そう、やつれ果てた姫の枕許に、あの左衛門太郎が立って、笛を吹いていたの。姫は夢うつつで聞いていたけど。左衛門太郎は、ふと笛を吹くのを止めると、姫の枕許にしゃがみこんで声をかけたの。
「姫、姫、私です。左衛門太郎です。」
「あっ!」 姫がハッとして気づいたわ。
「左衛門太郎様、本当に、左衛門太郎様ですの。お逢いしとうございました。」
「私も……」
 二人はひしと抱き合ったわ。そのとき、まるで、時までも止まったかと思われたの。風も川の流れも、虫の声さえもぴたっと止まったの。
 やがて、左衛門太郎が姫を胸に抱いたまま、静かに語り出したわ。
「姫、私は姫に嘘をついておりました。私は名取の左衛門太郎ではないのです。私は、本当は隣の国、最上の千歳山の頂に生える「松の精」でございます。あの時、姫のお琴の音が、はるか峠を越えて千歳山の頂まで届き、その妙なる音色に誘われるまま、姫と出逢ってしまったのです。そして、私が姫についた嘘を、天が咎められました。松の精と言うこの世のものではない私が、姫を愛してしまった罪を問われたのかもしれません。そのためか、この度の嵐で流された、名取川の大橋を架け替えするための用材として、私は伐採されてしまったのです。」
「………」 姫様は松の精の胸の中でわなわな震えながら聞いていたわ。
「ただ、あのように切られたまま千歳山を離れ、名取橋の用材になれば、死んで姫のおそば近くまでやってこれますが、二度と左衛門太郎としては逢うことがかないません。されど、このまま千歳山にとどまっては、名取川に橋はかかりません。私は進退窮まりましてございます。それで思い余って、姫に最期のおめもじをと思い、まかり出たのでございます。」
 左衛門太郎、いや、松の精の話を聞き終えた姫は、もう泣いてはいなかったわ。そして、姫は意外にも気丈に左衛門太郎の顔を見つめながら言ったの。
「左衛門太郎、いや、松の精殿、私と二世の契りを交わした気持ちには偽りはありませんか?」
「はい、それは命に代えて偽りはございません。だから、こうして………。」
「そう、松の精殿のご誠実は、あの笛の音によくあらわれおりまする。私はあなたを心から信じています。」
「嬉しゅうござる。しかし、姫の行く末を考えると、私は胸がつぶれてしまいます。どうぞ、もはや、私のことはお忘れいただき、姫にはぜがひにも幸せになってほしいと思います。ただ、このことだけをお伝えできれば、私は思い残すことはありません。もう直ぐ夜明けです。おいとまを頂かなければなりません。それでは、お名残惜しくはありますが、さらばでござる。」と、松の精が言うと、姫の枕許から消えていたの。

 姫が、朝になって目を覚ますとすぐ、父親の豊充卿の前へすすみ、夕べの出来事をつまびらかに語り、その上で、父親にいとまを請い、その願いは、父親に受け入れられたの。でも、父親の豊充卿にしてみれば、あまりに不憫な娘の恋心に、きっといたたまれない思いをしていたことでしょうね。

  ……間……

 姫はすぐに旅支度を整えると、最上の国へ旅立って行ったの。峠の山道は、女の足ではさぞ難儀だったと思われるのだけれど、気丈に姫は歩き続けたわ。翌日の夕方頃には、もう、千歳山のふもとに着いていたわ。夕日に映える千歳山は、この世の美しさとは思えないほどであったと言われているの。
 次の朝、姫が千歳山の頂に上ると、そこには、松の老大木が無惨にも切り倒されていわ。
 姫は切り倒された大木の前に、簡単な祭壇を作り、そこに座り、心を込めてお経を唱え初めたの。すると、不思議。松の老大木が、一瞬、身震いしたみたいに見えたの。
 それから、皆の衆が力を合わせて、松の木をひっぱたら、びくとも動かなかったものが、嘘だったみたいにすっすっと、動き始めたの。そうして、名取川には立派な大橋ができあがったのよ。
 阿古耶姫は、千歳山の頂さ小さい庵を建てて、剃髪し尼僧になって、一生そこで松の精
の菩提を弔い続けたの。
   どんぴん さんすけ おしまい

付録
笹谷峠の名の由来として、松の精と、阿古耶姫が、峠の上で愛を囁き、別れを告げたと言う伝説があるそうです。つまり、「囁き」峠から、いつしか、笹谷峠となったと。