2007年11月17日

「阿古耶姫 3 」 (村山-標準語版)

第三回(連載三・全四回)

 おばあちゃん、昨日の続き、お願い………
 そうね。昨日のつづきね。

 阿古耶姫は、それからは何をしていても気もそぞろ。夜になるのが待ち遠しくて仕方がなかったわ。姫の願いがかなって、ようやく日も暮れ夜も更けたころ、どこからともなく、澄んだ笛の音が風を渡って聞こえてきたの。すると姫も、笛に合わせて、琴を爪弾き始めたの。その合奏の見事さは例えようもないほど妙なる響きであったわ。
 二人は、こうして夜毎、琴と笛を奏で合いつづけたの。それこそ、来る日も来る日も、
二人はやがて、身も心も惹かれあい、ついには深く情を交わす仲となっていたのよ。

  ……間……

 楽しく幸せな時は瞬く間に過ぎていく。ちょうど一年が過ぎたころだったわ。
 大嵐、今で言う台風ね、そう、ものすごい台風よ。そして、名取川が大洪水になって、街道に掛かる名取大橋も流されてしまって、村の人々も旅の人も大変困っていたの。まして、台風の被害はそれだけではなくて、家と一緒に子供も流されたり、土砂崩れで生き埋めになった者、倒木に挟まれて絶命した者。数えても数えてもきりがないくらいだったわ。
そのぐらい大変な被害だったの。
 そうしたら、その日を境に、左衛門太郎もぱったりと姿を現さなくなっていたの。
 姫は心配で、心配で、いてもたってもいられなくてね、日に日にやつれて行いってしまったの。
 姫の様子を見ていた家人の者は、父親の豊充卿にも、姫の様子を報告したわ。豊充卿は娘である姫が心配で、家人たちに命じて、八方手を尽くし、左衛門太郎を探させたの。それでも、ようとして行方は知れなかったわ。

  ……間……

 ちょうどそのころ、名取大橋の架け替えの話が持ち上がって、材木の調達を急いでいたの。多勢の人が刈り出されて、信夫の国中探したけど、いい具合に大きな材木が見つからなくて、困って、熊野神社の巫女に頼み、占いをたてたのね。
 結果、その巫女が言うのには、「橋の材木は、もはやこの信夫の国にはない。あるとすると、あの峠を越て、隣の最上の国の千歳山の頂に生えている松の木しかない。」って言ったそうよ。
 それではと言うことで、さっそく国中の樵が集められ、最上の国に出かけて行って、千歳山の頂の松の大木を切り出して、運ぼうとしたの。
 でも、松の木はびくとも動かないのね。どんなことをしても、一切動くことはなかったわ。
 松の材木が、動かないのなら仕方がないわ、………はい、話はまだ明日ね。
  


2007年11月17日

「阿古耶姫 2 」 (村山-標準語版)

第二回(連載二・全四回)
 おばあちゃん、昨日のつづき、早く、早く………
 そうだね、そうしたら話の続きね……
「どなたでござります? わが、館(やかた)になにか御用でも」 と、姫様が、その男に聞いてみたの。
「いえ、ただ、あなたのお琴の音色が、あまりにも素晴らしかったもので、断りもなく気づかぬまま、こんな庭の奥にまで…… 大変失礼を致しました。ご容赦ください。私の名は、名取の左衛門太郎と申します。以後、お見知りおきをお願いしたい。」
「これは、これは、ご丁寧な申し状。いたみいります。私はこの館の主、藤原豊充が娘、阿古耶と申します。」
「さようでしたか。阿古耶姫と申されるか。」
「はい。」
「いいお名前ですね。それで、厚かましいのは承知の上で、もう一つ所望したいのですが……」
「あら、何でござりましょう。もし、私で用が足りるのなら何なりと……」
「では、遠慮なく。もう一曲、姫のお琴と私の笛で、調べを楽しめないでしょうか!」
「オホホホッ。はい、よろしゅうございますとも」
そうして、二人は一緒に曲を奏ではじめたの。
 二人は、時の経つもの忘れて、それこそ夢中になって、曲を弾きつづけたわ。
 いつのまにか、東の空が白み初めていたの。
左衛門太郎は、夜明けが近いことに気づいて、はたと笛を吹くのを止めて、お姫様の前にひざまづいて言ったわ。
「阿古耶姫。今宵は本当に楽しゅうございました。しかし。間もなく夜が明けます。私は帰らねばなりません。」
「な、な、なんと。左衛門太郎殿。お帰りあそばされるのか?」と、お姫様が言うと、よよと泣き崩れてしまったの。
「姫、姫、如何された?」
「いえ、私も今宵のような演奏は、初めてで、身も心もすっかり清められたのですが、左衛門太郎殿が帰られてしまえば、もう二度と今宵のような演奏が叶わぬと思うと、つい泪があふれてきてしまったのです。」
「おお、そのようなことでありましたか。それでは、こういたしましょう。もし姫さえよければ、明晩、また私がこうしてここをお訪ねしましょう。そして、今宵のように二人で演奏しましょう」
「まぁ、嬉しい。本当でござりますか?」
「はい、必ず! では、明晩」と言って、左衛門太郎は帰っていったの。
 そうね、左衛門太郎も帰ったことだから、お話もまた明日ね………
 なんだ、ずるい。おばあちゃんたら。
 ハハッ、とにかくまだ明日ね。